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2012年ゆらゆら

2012.12.09 神戸で音楽会がありました。 いつもコーラスで仲良くして頂いている方のコンサートがありました。ゲストにオペラの歌手の方も出場
される、すてきな催しでした。場所は三宮にあり、【城崎西村屋】のレストランだそうでとても美味しく頂きました。すぐ近くでは夕方からルミナリエも開催されるという寒い日曜日でしたが、身も心も温かくなりました。それというのも、Mさんの旦那様がとても優しい方で奥様の音楽会をバックアップされるのだそうです。いつもはひかえめなMさんが輝いていました。
2012.12.07 冬の忘年会、ななふくは都合により欠席しましたが、ステキな冬名刺をたくさんいただきました。
2012.12.05    3日間、孫の子守をしてユニバーサルシテイや、神戸の花鳥園へ行きました。ユニバーサルシテイは2男夫婦にリードしてもらい助かりました。夜は9時には就寝、体力維持に努めました。
2012.11.28  報恩講。 浄土真宗のお寺では毎年11月、26日、27日28日、宗祖親鸞聖人のご恩をしのび、そのご恩に報いるお勤めをするのです。さまざまな法要が行われますが、27日は仏教賛歌のコーラスが1時からありました。約1年かけて練習した10曲を歌います。指導してくださる
馬場清孝先生ははばひろく活躍されているオペラ、カンツオーネのプロの先生です。相愛大学でも教えていらっしゃるテノールの歌手です。
2011.11.4
昨日、2男とお嫁さんが来て柿採りをしてくれました。寒さとともに色づいてきました。ご近所の方々も毎年楽しみにしていますので
第1回目の柿採りです。20数軒おすそ分けするので大変ですが『とてもおいしいよ』と言っていただけるのでうれしいです。
今年は裏年と言われていましたが、我が家の柿の木は毎年300個も成ります。『不思議な柿の木』と呼ばれています。
2012.11.4 神戸元町のアートホールで2年に1度、開かれる美術展に今年も案内状をいただいたので出かけてみました。長男の恩師が
中学の同窓生(皆喜寿ですね。)と切磋琢磨して美術展をされます。拝見してみずみずしいタッチに驚きます。鑑賞の後は元町でランチとお茶を楽しみました。元気なお顔に次回また、会える機会を約束して帰途につきました。私達は息子の学校の役員をしていたご縁でつながっています。
2012.11.3   いよいよ秋も深まり、来春の花の苗を植えました。我が家は北向きで花にとっては快適ではありませんが、土を工夫して何とか
毎年、カンパニューラと、ビオラを咲かせています。
2012.9.30
熊本、山鹿の八千代座を見学しました。1910年明治43年に建てられた芝居小屋。江戸時代のなごりを留めるユニークな建物です。
今も年間の半分はいろいろな興行に使用されていますが、国の重要文化財です。この日は幸い、公演がなくて見学出来ました。
明治43年、八千代座設立。かの松井須磨子も公演したそうです。
老朽化していた建物を復興。阪神大地震以後、耐久性を重視した修復をしています。
江戸のなごりを残す八千代座の内部。天井には極彩色鮮やかな看板が目を引きます。当時、電気がなくて天井のシャンデリアはガス燈でした。 向かって左は下手桟敷席、升席は8人程座れますが今は5〜6人程度だそうです。2階、3階まであり、現在は650人を収容します。いずれも傾斜をつけた
桟敷席です。
(馬止め)と言われる背景を収納するところ。舞台裏も楽屋も見せてもらいました。 本花道とすっぽん。突然、妖怪などが現われる
のがすっぽんだそうです。丁寧に説明
してくださいます。
仮花道に腰掛けているななふくです。ちょうちんの下は上座敷と呼び、お得意様席となっています。
奈落へ通じる地下道。壁は石積みでひんやりしています。興味半分、怖さ半分です。
花道からせりへ役者さんが走ったりします。
4段の石が積まれた床下は奈落と言います。ここではすべて手作業で舞台が回るように
なっています。
ところどころに棒が下がっていて、この棒を人が押しながら回します。丁度孫のおでこに当たって
ごーん、ちょっぴり、泣きました。
周り舞台のためのドイツ製車輪がレールの上を回ります。これがあるから人力でもOKなのですね。 せりのためのリフト?この中に人が乗ると4人の人が段階的に持ち上げるのだそうです。
明治のままの作りです。
そんな舞台の上で孫がはしゃいでいます。直径8メートルの周り舞台です。見学できて楽しかった
です。
外は秋の景色。あちこちに彼岸花が咲いてます。のどかでほっとします。 山鹿は温泉が豊かです。足湯でほっ!近くに
菊池川が流れ、阿蘇の恵みの温泉が美肌の湯といわれています。皮膚病にいいそうです。
優美で幻想的な山鹿灯篭踊りが有名です。千人もの女性が頭に灯篭をのせて踊ります。ゆうびんポストも乗せています。
山鹿市、平山温泉郷。離れが十二室あるめぐみ山荘で休息しました。四時間ほど
ゆっくりしました。
各部屋のかけ流し温泉は少しとろりとしたアルカリ性単純硫黄泉。いつまでも入っていたいお湯でした。
網戸から涼しい風が入って露天風呂の雰囲気。
お風呂のあとは一休みして、さあ食事です。お野菜が新鮮で、頭から食べられる魚のてんぷらなどおいしくいただきました。
2012.7.31    ふくちゃんは今年10歳です。とても元気で毎日こんなふうに気楽に過ごしています。
2012.07.28   ドクダミ茶。近くの空き地にきれいなドクダミが群生しているのを見つけました。手袋をして引っこ抜くと簡単にとれたので
持ち帰り、早速、ウッドデッキで干して乾かします。半月前にも作りましたので、今はそれを飲んでいます。においも無く良いお味です。
弱火で煮出すのがいいそうです。冷やしてごくごく飲んでいます。
摘みたてのドクダミです。根っこもついた状態です。独特の臭いは「デカノイルアセトアルデヒド」という抗菌作用をもつ物質で、生の葉をすりこむと切り傷、ニキビ、水虫にも効くそうです。 ビニールシートの上に並べて干します。
独特のにおいは乾燥させるとなくなります。
ドクダミは平安時代から愛用され十薬と
呼ばれる、日本古来のハーブです。
1日干せば、この通りです。十分乾燥させお茶にすると「クエルシトリン」という成分になり、動脈硬化予防、利尿作用、体内の毒素排出し、体調を整えます。茎がポキンと折れるまで乾燥
させます。
乾燥したらハサミで切り、ビンに保存します。
長期に保存するときは乾燥材を入れるといいかも。
以前、JPCの抽選で頂いたミルク用の湯沸かしポットが大活躍です。コトコト煮出します。
かわいくていいでしょ。
茶漉しでこして冷蔵庫へ。ななふくはとても
気に入ってます。猛暑をこのお茶で乗り切っていくど〜っ。
20120703 七月歌舞伎の船乗り込み
大阪道頓堀の松竹座で今年も「七月大歌舞伎」が始まります。6月29日、天満の八軒屋浜の式典会場で口上、ご挨拶があるので行ってみました。
青空が広がり真夏のような暑さ、、役者さん達が揃うまで二時間も待ちました。その間、暇?で上空を見るとジェット機が近づき、大川添いのOMMビルの鏡のような側面にジェット機の巨体が映って、サーッと横切っていくのです。上空を飛んでいる飛行機が角度のためか、ビルに映って
消えていくなんてゆかいでした。日ごろは気がつかない光景です。なお、OMMビルは昭和44年に完成、当時は大阪一の高さ(78メートル)でした。

  一方、船に乗り込まれる方々はほとんどゆかた姿。抽選で選ばれたら女性のフアンも乗れるのです。私も来年は応募してみようかしら?。
今回は中村又五郎,歌昇さん親子の襲名披露のご挨拶がありました。中村吉衛門さんの一門です。「はりまや!」と大向こうから掛け声が!
大阪の夏の風物詩、天満の八軒屋から東道頓堀に入り、南の道頓堀まで船は進みます。戎橋から上陸、松竹座へ。再び劇場前で式典があります。
長時間になるのでななふくは天満で解散。七月大歌舞伎を楽しみに出かけます。
2012.06.29 橿原神宮へ参拝してきました。6月24日、梅雨の晴れ間に奈良の橿原神宮で恒例の吟剣詩舞道の奉納が(第52回)あり、参列しました。
総勢400名以上の各奉納者の方々と本殿で各、宗家の奉納がありました。私達は合同で吟じます。とても広くて空気がすがすがしく、厳かです。
大和は国のまほろば・・・という言葉が脳裏にうかんできます。我が国第1代天皇神武天皇がここ大和の橿原にお住まいになり都を作られたと
日本書紀に書かれています。明治23年、50万平方メートルの広大な敷地に建てられました。神武天皇とその皇后が祭られています。
2012.06.22   いつもななちゃんと散歩する近所の田んぼで先週田植えがありました。昨日の大雨で水かさの増した田んぼになんと、合い鴨のペアが!仲良く餌をついばんでいます。、今はやりの【合い鴨農法】かと思っていましたが、飼っているわけではなく、どこからか飛んできて食事をするんですって。[オタマジャクシ、カブトエビなどが泳いでいます]
このあたりは住宅地で田んぼはここしかありません。よく見つけて飛んでくるものだと感心しました。毎日の散歩が楽しくなりました。
2012.5.23 勝浦駅から、出ている定期観光バスで那智山めぐりです。青岸波寺は17年前、西国33カ所巡りをスタートした思い出のお寺です。
        脚も良くなって石の階段を数百段登ることができました。とても、嬉しかったです。
JR勝浦駅を出発してまもなく昨年の台風12号で那智川が氾濫、橋が無くなっているヶ所を見ました。痛ましい犠牲者が出たことを忘れてはなりません。 大きな石が畑や川岸を埋め尽くしていました。
復旧にはまだまだ時間がかかることでしょう。復旧工事に携わっている方の苦労がしのばれます。
道路も流されたため、片側通行のところも何カ所かありました。それでもずいぶん復旧してきています。
有名な熊野古道、坂を登ってくる人がいます。
石畳は苔蒸して、滑りやすくなっています。
とても雰囲気のある石畳です。
こちらは降りてくる妙齢の女性2人。扮装しているそうです。『孫に写真を見せるの。』と言って笑っていました。と、いうことは? 杉の大木がひっそりと雄大な姿で立っています。古の、人々を数多く見たことでしょう。
直漠では落差133m、日本一那智の滝。昨年の台風12号で滝壺が破壊し巨石が崩れ、押し
流されて埋め尽くしています。
それでも堂々と流れ落ちる滝はさすがです。少し高い所にある展望台に杖をついて登りました。
滑りやすいので用心しました。
お滝の水は延命長寿といわれています。
お皿に受けて沢山いただきました。100円でお皿は持って帰れます。
那智大社と、青岸波寺へ向かいます。ここから
杖をついてまだまだ、階段を登ります。
西国33カ所巡りのスタート。青岸波寺へ主人と
行きました。17年前の私の姿です。杖は無いね。
那智大社と青岸波寺へむかう石段を登ると
那智山の美しい山々が見渡せます。
青岸波寺です。ここで「おいずる」という衣に観音様のご朱印を受けて西国33カ所を順番に周りました。本堂は1590年、豊臣秀吉が再建したものだそうです。 すぐ左に那智大社があります。明治の初めに分離されています。その昔、神武天皇が熊野灘からご上陸され
那智の山々が光り輝くのを見て滝を神として祀られた。やたがらすの導きで無事、大和へお入りになられたという事です。
いにしえ人に扮装されたお2人があまりにも
自然な感じで良かったので『私も仲間に入れて?』と言ったところ、『どうぞ』と一緒にポーズしてくれました。
周りの方も『写さして?』と言ったり和やかな雰囲気でしたよ。
2012.5.21 金環日食の観察を南紀勝浦でしました。
2012年5月21日、国内では25年ぶりに「金環日食」が見られるというので神秘の天体観察ツアーに参加することにしました。
南紀勝浦へ義姉を誘って5月20日、列車で向かいましたが午後から雨が降り出しました。ホテルについてもやみそうにない
雨脚にため息・・・。しかし、気を取り直し、菅笠をかぶって露天風呂を楽しみました。翌日の朝、勝浦のビーチへ行くと、浜辺は人で
賑わっています。 厚いどんよりした雲が山のほうから海のほうへどんどん流れていきます。心配した雨はやんだものの
風は強いし、マフラーやウインドブレーカーを着ていて正解でした。息子(2男)がデザインしたというグラスを持っていざ、観察。
雲の切れ目から太陽が姿を現すと天の岩戸の戸が開いたような感激。デジカメで日食のシーンをとらえることができましたが
金環日食のシーンは興奮して写せず。周りから沸き起こる拍手と歓声に私も思わず合わせて、拍手していました。短い時間に
金環日食は姿を変えていきます。やがてデジカメで捉える暇もなく左下が欠け始めました。雲が晴れると又、歓声が上がります。 
水平線が一直線に光る海、流れる雲、風、すべてが25年ぶりの天体ショウーをより、感動的なものにしてくれたように思いました。
今回は脚の手術でお世話をかけた義姉にお礼の意味もあって同行してもらいましたが喜んでくれて私もとてもうれしかったです。
2012.5.19 ゴールデンウイークに孫と遊園地に行きました。
3歳の孫と9歳の孫、半年ぶりに大阪へ来てくれると言うのでばあばは張り切っていました。
まづ、5月のよろいかぶとを飾り付け、カーテンを洗い、カーペットを掃除、御布団を干すやら
その上、孫の気に入りそうなものが目につくとつい買ってしまって・・・・。
子供の日にはどこかへ連れて行こうと思いますが、はて、私の体力が持つかどうか
疑わしいので、前日に生駒山のホテルに1泊して英気を保持しました。
あいにくの雨模様でしたが、どうにか午前中遊んで早目に帰還しました。
午後、飛行機で帰るという孫たちと別れて我が家へ帰ると、いつものようにななとふくが
待ってくれていました。騒がしかった数日、彼らもそれなりに大変?だったのでは・・・と
思います。物言わぬペットも私の大切な家族です。
2012.5.14
お花見の季節も終わりました。遅くなりましたが京都へお花見に出かけた1日を載せてみました。
友人に誘われて京都の山科、毘沙門天の門跡、「樹齢300年のしだれ桜」と北山の植物園へ出かけました。
毘沙門天では珍しい天井の龍、部屋の隅、場所をかえて見上げると龍の表情がまったく違って見えます。
驚きました。襖絵も見る角度で絵が表情を変えるので説明をしていただくとよく解っていいですよ。その後、
友人の車で植物園へ。鴨川沿いに数百メートル続く紅しだれの並木道、半木(なからぎ)の道がステキでした。
思いがけなくお花見が出来て幸せでした。
2012.4.8  ようやく桜が満開になったようです。運動がてら、ななと平野公園へお花見にでかけました。
昨日の寒さがうそのような暖かい陽気に誘われて
急いでお弁当を詰めて近くの平野公園へ行きました。
平野公園は家族づれが賑やかに集っていました。
バーベキューなどもしています。それぞれにお弁当を
広げています。
ななも久しぶりで公園に来たので、こころなしか
嬉しそうで子供達にも頭を撫でられて人気者でした。
公園の北側は静かです。この先に環濠(かんごう)
都市だった平野郷の樋尻口跡があります。平野の東の入り口です。
樋尻口の地蔵堂。
大坂夏の陣で豊臣側の真田幸村は敵の大将、徳川家康がここを通ると確信して地雷をしかけました。まさに爆発しようとした時尿意を催し地蔵堂を離れた家康は間一髪、難を逃れて泉州へ急いだそうです。
戦国時代、堺と並ぶ自治地区都市だった平野には防衛の堀がめぐらされ十三ヶ所の出入り口に木戸があり、お地蔵様が祭られていました。
2012.4.6 2階のウッドデッキがきれいになりました。
元々あったウッドデッキが傷んできたので
やり直すことにしました。植物なども置いて
いたのですがやめました。
太いひのきの木にも防腐剤を塗って
対策、OKです。
解放的でお布団がいっぱい干せます。
孫が来たら、遊び場にいいかなと楽しみにしてます。
2012.2.24 新鮮な鰯が手に入ったのでイワシのつみれを作りました。20匹で280円でした。買ってきたらすぐ、冷水でよく洗い、うろこを落とします。
このつみれを入れたお味噌汁には隠し味に(酒粕を20g、)少しですが入れました。絶妙なおいしさと、自画自賛です。
いわしは3枚におろします。少々小骨が残っていても、そのままくだいて
すり鉢で丁寧にすり身にします。結構、肩がこりました。
白ネギの微塵切り。イワシの臭みを取ります。冷蔵庫の残りものです。 すりおろしたしょうが。味付けに味噌を
約30g加えました。味付けはこれだけです。
水切りした豆腐二分の1丁と三つ葉の葉のみじん切り。私は三つ葉が大好きですので葉の部分をたくさん入れます。茎はくちあたりが悪いので
入れていません。全部の材料をいれてよく混ぜたら最後にカタクリ粉を入れて堅さを調節します。
沸騰した湯に1口大のつみれを入れます。浮いてきたら網ですくいます。ダシがよく出ているのでこのスープに野菜をたくさん入れて具沢山のお味噌汁を
作りました。つみれは20個ぐらいできたので
冷凍しました。豆腐を入れたせいかふんわりしています。
翌日の昼食です。ご飯に納豆と焼きノリ。小松菜の胡麻和え。サバの塩焼き。
具沢山の味噌汁にイワシのつみれを入れたものです。サバも家で調理したもので
塩分ひかえめにしています。今のサバは
油がのっておいしいです。
2012.222 久しぶりにゆらゆらに登場です。1月に膝変形関節症の手術を受けました。各病室のマスコットたちです。気持ちが和みます。
患者さんの膝の曲がり具合をチエックする
S先生。曲げられるたびに悲鳴をあげて
しまうのですが・・・。愛のむちです。
食堂で講義を受ける患者さん。知らなかった
ことが分かって勉強になりました。「質問は
ありませんか?」と、S先生。
この人の脚はO脚になっていますが手術後
脚が真っ直ぐに伸びています。背が少し
伸びるかも・・・。
大たい骨に埋め込まれる金属。このカーブ
が人工軟骨にフィットして膝がまがります。
悪い骨をカットしてから金属を埋め込みます。
左の金属を裏から写したところです。
人工の軟骨にはポリエチレンが使用されて
います。下の金属は脛の骨に埋め込まれます。
膝に入れられた金属。総150g〜200g
あるそうです。悪い所の骨を切り取りますので
プラスマイナス0ですね。
膝を曲げてレントゲンを撮ったところです。
手術して日が浅いので私の場合、まだ、
違和感があります。
ポリエチレンの人工軟骨。50年はもつそうです。
私の場合は以前、軟骨が擦り切れて骨同士が当たっ
て痛みがありました。
膝の手術は年間、75000件ぐらいあるそうですがこれからも増え続けることでしょう。正座は出来なくなりますが以前のような痛みは無くなるので
歩くことはもちろん、旅行もどんどん出来るそうです。自転車は乗り降りのバランスがとれるようになったら乗れるそうです。